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今はまだもう少しだけ

振り返ると優人が少し開いた距離を埋めるように、小走りに追い掛けてくる。その動作は親鳥の後をひたすらにくっ付いてくるヒヨコを彷彿とさせ、初めて出会った頃を思い起こさせた。

「何でそんなに楽しそうなんですか?」

追い付いて俺を見上げる優人は、少し困惑している。どうやら心の中で微笑ましく見守っていたつもりが、顔にも感情が出ていたらしい。

「すまんすまん、俺の後ろをチョコチョコ付いてくるのがあんまり可愛いもんでな」

宥めるように頭を撫でてやると、優人は顔を赤らめながらもその手を退かした。

「良介さん……僕、もう高校生ですよ?」

「知ってるさ、昔より『ほんの少し』背も伸びてるしな」

身長の伸び悩みを遠回しに指摘されたのが悔しかったのか、優人にしては珍しく拗ねた顔を隠しもせず反論してきた。

「成長が止まっている良介さんと違って、僕は今が成長期ですからね。そのうち良介さんより高くなるかもしれませんよ?」

「俺の勘が全身全霊で訴えてるぞ? お前さんは俺より高くなることはないと」

「その勘が外れるってこともあるじゃないですか」

「安心しろ、そこそこは伸びる。だが俺を越す事はできん。それだけのことだ」

「そこそこって……微妙過ぎて喜べませんよ」

溜め息を吐いている優人の頭を再び撫でる。気力が殺がれてしまったのか抵抗を諦めたのか、今度はされるがままだ。

「成長期なんて人それぞれ時期が違うんだ、焦らんでもそのうち順番が回ってくるさ」

「身長の高い良介さんが言うと嫌味に聞こえます」

「可愛くない反応だな~、昔のお前さんはもっと素直だったぞ?」

「誰かさんに鍛えられましたからね」

変化がないと悩んでいるようだが、成長なんて小さな変化の積み重ねの結果だ。少しずつ自分が変わり始めていることに、本人だけがまだ気付かない。

俺を見上げる優人の目線は、昔より確実に高くなっていた。

「こうして外に出掛けるようになったのも、良介さんが僕を色んな場所に連れ出して、沢山の経験をさせてくれたからじゃないですか」

「単にお前さんとデートしたかっただけだよ、俺は」

こちらの面映い気分を察したのか、優人は小さく笑っている。

あの頃の俺は、大人しくて外の世界と接したがらない優人を、恋人としてというより、大人として心配だった。だからこそ強引に連れ出しておっかなびっくりしつつも好奇心を覗かせる優人を見ては、ほっとしていたのかもしれない。

年齢差の所為か、知らず見守るような愛情を傾けていたのだろう。

「ところで良介さん、今日はどうしてここなんです? 仕事の下見ですか?」

「いや、今日は完全に俺の趣味だ。すまんな、思春期の少年にこんな色気もへったくれもない神社仏閣巡りに付き合わせちまって」

「そんなことないですよ。良介さんの話を聞きながらこういう場所を見るのって興味深いですし」

お世辞ではなく本気で言っているらしい。

優人の読む本は、年々着実に俺の影響を受けている。恋人が仕事に理解を示してくれ、あまつさえ興味さえ持ってくれるんだ、喜ぶべきなんだろうが、ジャンルがジャンルだけに複雑だ。唯一の救いは純粋に学問として興味を持っていることか。間違っても俺のようなオカルト好きにはなるなよ? 俺もいい歳をしたオッサンだ、年若い恋人には夢を見ていたい。

俺が心の中で恋人の健やかな成長を願っているうちに、俺達は目的地である寺の敷地内へと足を踏み入れていた。

この場所は知名度も高いだけに観光客は多かったが、敷地が広く混雑はしておらず、未だに人込みが苦手な優人も一安心だろう。

俺はズボンのポケットの中に手を突っ込み、小銭を取り出した。

「優人、両手を出せ」

「え?」

「いいからこうして両手で受け皿を作るようにだな……」

「こうですか?」

手の中に小銭を落としてやると、優人は訳が分からないのか、酷く困惑した顔で手の中のお金と俺を交互に見比べていた。

「あそこに餌売り場がある。それで鳩の餌を買って、鳩と大いに戯れてこい」

「な、何でですか!?」

「どうせお前さんのことだ、鳩に餌なんてやったこともないんだろう?」

「ないですけど……でも、かなり沢山いませんか?」

確かに寺の屋根の上には予想以上の鳩がいた。観光客から餌を貰っているからなのだろう、揃いも揃って肥え太っている。健康的というか、明らかに肥満体だ。

「他にも餌やってる奴等はいるんだ、お前さんだけに一極集中するってことはないだろうよ。ほれ、何事も経験ってな。怖がらずに餌を撒いてこい」

「……あの、良介さんは?」

「勿論付き合うさ。ただし俺の愛しい恋人が、鳩と戯れてる姿を堪能してからだけどな?」

俺が耳元でそっと囁くと、優人は面白いぐらい顔を真っ赤にした。

「はは、そういう初心な所は昔から変わらんよな」

「~っ、餌買ってきます!」

逃げるように駆け出していく姿を見送りながら、しみじみと思う。

願わくば、もう少しこのままで。

いつか優人も大人になるのだろう。俺の後ろを追い掛けてくることもなくなり、当たり前のように隣を並んで歩く。そのうち俺が手を引かずとも、自らの意思で外の世界へと出て行く。元々大人しくとも芯の強さはあったんだ、優人は俺のお陰と思っているようだが、俺は切っ掛けを与えただけで、それらは全て優人自身が生み出した結果だ。

俺はただ、見守ってきただけに過ぎない。

視線の先では、優人は地面に餌を撒いている。餌を啄み始める鳩達を物珍しげに眺めている姿には、年相応の無邪気さがあった。

恋人がどんな風に成長していくのか。どんな未来へと進んで行くのか。それを見守り続けていきたいと思う反面、それができないのではないかという不安もある。

……見れば優人は、大量の鳩に囲まれていた。

鳩達の目は餌の入った袋に集中している。隙あらば襲い掛からんとする鳩達の異常な迫力に、優人は半泣き状態だ。

まぁ確かにこの光景は不気味だが、そこまでのことか? 日々成長はしていても、俺の恋人はまだまだお子様らしい。

「こら鳩ども、優人を泣かせていいのは俺だけだぞ?」

「鳩相手に何言ってるんですか……」

鳩を踏まないよう足下に目を向けつつ優人へと近付く。すると鳩達は俺に怖気づいたのか、大半が空へと飛び立っていった。

大きな羽音に、優人も耳を抑え驚いたように空を見上げている。

優人の世界はこの空のように、何処までも広がっているのだろう。そうしていつか、俺の元を飛び立っていくのかもしれない。

「良介さん?」

ぼんやりしていた俺を、怪訝そうに優人が見詰めている。

「餌、まだ残ってるんだよな? よし、俺が鳩の餌付けの何たるかを教えてやろう」

首を激しく横に振る優人を無視して、意気揚々と餌撒きを始める。

再び鳩が集まり始めるそこから逃げようとしない優人だったが、餌を求める餓えた鳩達が怖いのか、俺の後ろに隠れてしまう。

「こいつらだって餌を持ってない奴は襲わんだろ」

「そうかもしれませんけど、でもやっぱり怖いです」

「怖がりなさんな、お前さんは俺がちゃんと守ってやるよ」

だからもう少しだけ子供でいてくれると、俺としては有難いんだがな……。

記載日2009年5月2日
良介さんベストED後、未来の話。優人は高校生設定。
優人が離れていく事を気にしつつも、最終的には「あり得ないけどな、優人は俺に惚れてるし」なのが相良良介クオリティ。



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