噂の二人

修ちゃんが他の人と仲良くしていても、妬いたりなんかもうしない。だって昔から修ちゃんは僕を一番大事にしてくれてるし、今は僕が修ちゃんの恋人だから!

と、思ってはみたものの。

「う~……」

教室で見た朝一番の光景が、僕のことに気付かず別の人と話す修ちゃんの姿というのは、流石に心穏やかではいられない。

その相手が明仁やクラスメイトなら気にもしない。そのまま側に行って、挨拶をして。話の輪に加われば済むことだ。

でも今修ちゃんと話している人は、僕も何度か顔を会わせたことのある、下級生。母親同士が仲が良く、修ちゃんの家にも何度か遊びに来たことがあるらしい。

……しかも修ちゃんに物凄く懐いている。

そもそもここは二年の教室であって、何で一年生が平然と居座ってるんだよ! 修ちゃんに話しかける声も何だか甘えてる感じだし! しかも話している二人の顔の距離、何だか妙に近くないか!?

心の中でツッコミの嵐に襲われていると、修ちゃんの視線が教室の入り口に立つ僕へと向けられる。僕に気付くと目を細め、優しい微笑みを浮かべてくれた。

「おはよう、修ちゃん!」

「おはよう、ひなた。そんなところにいないで、早くこっちにおいで」

修ちゃんの声はいつも穏やかだけど、僕に話しかける時は何処か甘い感じがする。恋人同士になったからそう思うのかもしれないけど、何だかくすぐったい気がするな。

「小日向先輩もいらっしゃいましたし、戻りますね。先輩、放課後の件、忘れないで下さいよ?」

下級生の言葉に修ちゃんは苦笑する。

「あぁ、分かってるよ」

放課後の件? どういうことだろう?

疑問に思いつつも、僕は下級生と擦れ違う形で教室に入る。

「いい加減に自分の立場を弁えたらどうですか?」

声に下級生の方を見る。冷めた眼差しは嘲りさえ含んでいて、自分が相手に好かれていないことだけは嫌でも分かった。

「先輩が優しいのをいいことに、いつまでも図々しくまとわりついて……見てて目障りなんですよ」

何か言い返そうと思うのに、言葉が出ない。それをいいことに、下級生は修ちゃんの方を見てそれは見事な笑顔を見せる。

「杉下先輩、また後で」

僕に向けた視線も態度も、こちらの見間違いだったかのように。

下級生が去った後もその場に立ち尽くす僕に、席を立った修ちゃんが近付いてくる。その表情は酷く心配そうだった。

「どうしたの、ひなた? 彼に何か言われてたみたいだけど……」

「な、何でもないよ、修ちゃん。ところで放課後の件って何?」

「え? あぁ、うん。彼に放課後、勉強を教えてくれないかとせがまれてね。暫くの間ならってことで引き受けたんだ」

修ちゃんは人から好かれるから、そういう頼みも少なくない。けれど僕以外には『教えるのは苦手』などと適当にはぐらかしてしまい、実際に教える事は殆どなかった。

それなのにあの下級生には教えるの?

「……珍しいね、修ちゃんがわざわざそんな事するなんて」

知らず拗ねた言い方になってしまい、顔が熱くなる。

「母親同士がやたら仲が良いから、彼の頼みを無下に断るのも気が引けてね」

「えぇとそれってつまり、お母さん達の関係に影響するから、仕方なくってこと?」

「その通り。だからひなたもそんなにむくれた顔をしてないで、いつもの可愛い笑顔に戻ってほしいな?」

僕の詰まらないヤキモチも、僕を僕以上に知っている修ちゃん相手では、全てお見通しみたいだ。その事が嬉しくて抱き付くと、修ちゃんも僕の背中に手を回し抱き返してくれる。

「機嫌を直してくれたみたいだね」

「修ちゃんと一緒だもん、機嫌が悪くなる筈がないよ」

下級生に言われたことは、修ちゃんには話せなかった。告げ口するみたいで嫌だったし、言ったら言ったで『自分を近付けたくないからって、わざとそんな酷いことを言っている』などと、こちらが悪者にされかねない。

きっと相手もそれを見越しての発言だったのだろう。そう思うと無性に腹立たしい。

顔を見上げると、修ちゃんは眼差しで『どうしたの?』と問い掛けてくる。それに軽く首を横に振る事で答え、修ちゃんの胸に顔を埋めた。

僕を包み込む空気は柔らかで、とても甘くて。

毎日こんなに愛情を貰っているんだから、あんな下級生の言葉なんて、気にする必要なんてないよね。

うん、そうだよ! 僕と修ちゃんは恋人同士なんだから!

「ねぇ修ちゃん」

「ん?」

「放課後に勉強を教えるってことは、僕と一緒に帰れないってこと?」

「ごめんね、ひなた。暫くの間だけだから、我慢してくれるかな?」

「暫くっていつまで?」

「うーん……一週間ぐらい?」

「そんなに!?」

僕が驚きの声を上げると、修ちゃんは困った顔をした。

「最初は一ヶ月とか言われたんだよ。流石にそこまでは付き合えないからね、これでも短い方なんだ」

僕に図々しいとか言ってたけど、図々しいのはそっちじゃないか! 恋人でもないのに修ちゃんの放課後を独り占めするなんて!

僕が沸々と下級生への怒りを募らせていると、絶妙のタイミングで修ちゃんが囁く。

「その代わり一週間後は、目一杯ひなたを甘やかすつもりだから、覚悟しておくんだよ?」

「……僕だって修ちゃんを甘やかすから、覚悟しておいてよね?」

「それは楽しみだなぁ」

「あ、信じてない!」

「そんなことないよ」

「でも顔が笑ってる~!」

お互いに額を寄せ合い笑い合う。

ここが教室じゃなければいいのに。二人きりだったら絶対キスしてもらえたよなぁ……。

大好きな修ちゃんの腕の中、そんなことを考えていた僕の頭に、突然激しい痛みが襲う。

「朝からベタベタしてんじゃねぇ! いい加減に羞恥ってもんを覚えやがれ!」

顔だけ振り返ると苦々しい顔つきの明仁がいた。どうやらさっきの痛みは、明仁が僕を叩いた時のものらしい。

「朝からカリカリしてるなんて、ストレスが溜まってるんじゃないか? ここは一つフルーツ牛乳をだな……」

「うるせぇ! ストレスの原因の九割はお前等の所為だ! 俊っ、お前もいつまでも引っ付いてないで離れろ!」

名残惜しいけど、明仁に頭を叩かれまくるのは嫌だ。

修ちゃんと僕は恋人同士になったけど、明仁との三人の関係は、以前と余り変わらない。今日も今日とて賑やかだ。

平和な日常。

少なくともこの時までは、そうだった筈なんだけどな……。

恋人同士になってから、初めて別々に放課後を過ごして一週間。同じクラスだし一緒にいる機会は多いけど、それでも自分の代わりにあの下級生が修ちゃんと放課後を過ごしているという事実は、一度は納得したもののやっぱり妬けてしまう。

でもそれも今日で終わり!

修ちゃんと放課後を過ごすのは、恋人の僕だ!

そんな想いを胸に放課後を迎えた僕に、修ちゃんは酷く申し訳なさそうな顔で言った。

「ごめん、ひなた……予定よりペースが遅れてしまってね、もう何日か延長しそうなんだ」

面倒なことは苦手だとか言ってても、引き受けたことは中途半端に投げ出さない。そう言う性格なのは、ちゃんと知っている。そんなところも好きだと思う。

でもでもでもっ!

相手があの下級生だと思うと、どうにも納得がいかないよ~!!!

「ひなた、俺の教え方って下手かな?」

「そんなことないよ! 修ちゃんの教え方って凄い上手いと思う。分かりやすいし丁寧だし、文句の付けようがないよ」

僕の言葉にも修ちゃん浮かない顔は変わらない。

「? 何かあったの?」

「……ひなたに教えるのと同じ要領で教えてるんだけど、進みがどうも悪くてね。俺の教え上手はひなた限定みたいだよ」

苦笑する修ちゃんに強烈な脱力感を感じた。

それ絶対に違う! 下級生がわざと分からない振りしてるんだ! そうやって長引かせて、少しでも二人きりでいようと企んでるんだよ!

叫びたい気持ちをぐっと堪えた。

僕は知っている。修ちゃんが興味のない相手の好意に対して、とても鈍感なことを。僕に関しては僕自身より詳しい癖に、自分に向けられる恋愛感情には全く関心を示さないのだ。

しかも基本的に親切で、多少親しげな態度を取っても怒りもしないし気にもしない。だから修ちゃんに好かれていると勘違いして告白し、玉砕した人は昔から多かった。

明仁曰く『天然の女タラシ』。しかもそのタラシ効果は、男性にもかなり有効みたいだ。

「あの、修ちゃん……一緒に帰りたいから、終わるまで待ってちゃ駄目?」

「それは構わないけど、俺の為にひなたを待たせるのは心苦しいよ」

優しいなぁ、修ちゃんは。

でも今回ばかりは譲れない。

何が何でもあの下級生との下校を阻止してみせる!

「僕だって修ちゃんを待たせたことはあるんだから、お互い様だよ」

修ちゃんは僕の頭を撫でる。

「じゃあ明仁の所に顔を出すといいよ。あいつもひなたが見ていれば、いつも以上に練習に熱が入るからね」

そんなことないと思うけど、体育館に行けば堀田先輩や陣野君もいるし、久しぶりに練習を見に行くのもいいかもしれないな。

「……心苦しいと思ったのは本当だけど、それ以上に嬉しかったよ。ひなたが待ってると言ってくれたのは」

上目遣いに見上げると、修ちゃんは少し照れ臭そうな顔をしていた。それに吊られるように、僕の胸も高鳴ってしまう。

「杉下先輩、遅いから迎えに来ちゃいました!」

僕等の甘い空気をぶち壊す声の主は、見せつけるように修ちゃんの腕に自らの腕を絡め、僕の方を一瞥する。

馬鹿にしたような目で。

「行きましょう、先輩。あ、帰りに『また』ウチに寄って行きません? 母さんも先輩が来ると夕飯の作り甲斐があるって、凄く喜んでるんですよ」

また!? そんなの全然聞いてないよ!

「いや、今日はひなたと帰るから悪いけど……」

やんわり修ちゃんが断ると、下級生のきつい視線が僕へと向けられる。まさに目の敵とはこのことを言うのかもしれない。

何でこれで気付かないんだよ、修ちゃん! 結構あからさまじゃないか!

「しょうがないですね、今日は諦めます」

何だよ『今日は』って!

「ひなた、それじゃ後でね」

「うん、分かった。僕が迎えに行くから」

下級生に思いっきり睨まれたけど、怒る権利があるのは僕の方だよね? 修ちゃんの恋人は僕なのに、恋人気取りでベタベタするなんて!

~っ、修ちゃんの馬鹿! 鈍感!

「……鈍感って、お前にだけは言われたくねぇだろ」

「うぅ、でも酷いと思わない!? 腕を絡めるなんて僕でもしたことないのに!」

「毎日のように修一郎に抱き付いてる奴が言う台詞じゃねぇな」

「明仁っ! 明仁はどっちの味方なんだよ!」

「あーはいはい、お前の味方だから揺さぶるなって」

腕に下級生を張り付けたまま去っていく修ちゃんの姿に、恋人として悔しいやら情けないやら悲しいやら、ごった煮のような感情に襲われてしまった僕は、体育館で部活中の明仁をとっ捕まえて、一連の出来事と不満をぶちまけていた。

「俺にはお前が嫉妬する気持ちがわかんねぇよ。相手の奴がどう思ってようが、修一郎はお前のことしか見てないし考えてないだろう? それに相手が気に入らないなら、修一郎に『仲良くするな』と言えばすむだろうに」

「何かそれ、狡い気がしてさ……」

明仁は呆れた顔をする。

「だからってストレス溜めた挙げ句、部活中の俺を巻き込むなよ。はっきり相手に言ってやればいいじゃねぇか、『恋人に慣れ慣れしくするな』ってな」

「そんなことしたら、修ちゃん嫌がるんじゃないかなぁ」

「あーないない、絶対にあり得ねぇ。寧ろ喜ばれること請け合いだ」

「……投げやりだね、相談聞く気あるの?」

「だから俺は部活の真っ最中だっての! それを無理矢理休憩させてんのは何処のどいつだ!?」

「う……ここのこいつです」

「分かってんじゃねぇか」

ぶつぶつ文句を言っているけど、ここへ来た時には僕の様子を心配してくれたのか、すぐに駆け寄ってきてくれた。こうして相談にも乗ってくれている。

修ちゃんにもだけど、明仁にも甘えてるんだよな、僕って。

『先輩が優しいのをいいことに、いつまでも図々しくまとわりついて……
見てて目障りなんですよ』

下級生の言葉は、真実だから痛かったんだ。

「どうした? 急に黙り込んで」

「うん……あの下級生が言ってたこと、本当だなって。あの下級生からしたら、修ちゃんの優しさに寄りかかって、それが当然になってる僕って、とんでもなく厚かましい奴なんだよね」

それがとても特別で貴重なことだと、分かっているようで分かっていなかった。そんな自分が酷く恥ずかしい。

「別にいいんじゃねぇか、それで」

「え?」

明仁は口端を軽く上げて笑う。

「際限なく甘やかすのも甘えるのも、恋人同士だけの特権なんだしな」

「そ、そうなの?」

「やれやれ、これだからおこちゃまは困る……」

そんなこと言うけどさ、誕生日の日付から考えると、僕の方が明仁よりお兄ちゃんなんだよ?

「随分と賑やかそうだな」

「あっ、堀田先輩。すみません、明仁をお借りして」

しかしいつの間に側にいたのだろう? 周りを見れば、休憩なのか部員達は個々に休んでいる。

「それは構わないが、用事は済んだのか?」

「済んだと言えば済んだような、根本的には何も済んでいないような……」

「そうか」

そこで深く突っ込まない堀田先輩は、やっぱり良い人だ。明仁は激しく否定するけど。

「小日向さーん!」

「うわっ!?」

横から飛び付かれてよろけた身体を、飛び付いてきた陣野君が支えてくれる。いつもながら元気な後輩だ。

「陣野てめぇ、馴れ馴れしくくっついてんじゃねぇ!」

「いいじゃないですか、ね?」

「え、いや、あの……」

「……陣野、小日向が困っている。放してやれ」

流石はバスケ部を束ねる部長さんだ、頼りになる。

「ところで小日向さん、杉下先輩のことで聞きたいことがあるんですけど?」

「え? 修ちゃんのこと?」

何で陣野君の口から修ちゃんの名前が?

「ウチの隣のクラスの奴とデキてるんじゃないかって専らの噂ですけど、実際のところどうなんですか?」

「は?」

呆然とする僕に堀田先輩の台詞が追い打ちをかける。

「その噂なら俺も聞いたぞ。この間も図書室で彼等を見かけたが、周囲の視線も気にせず親しげにしてたな……」

先輩の台詞に陣野君は頷いている。

「そうなんですよね、その辺りの真相を金井先輩なら知ってると思って聞いても、全然教えてくれなくて。ここはもう一人の親友である小日向さんに聞くしかないなと」

図書室ってことは、噂になっているのは修ちゃんとあの下級生? デキてる? 親しげ? 噂になってる?

明仁の方を見る。

口許を右手で多い、しまったと言わんばかりの顔をしていた。

「明仁も知ってたんだ、その噂」

「……まぁ、一応な」

「何で教えてくれなかったの?」

「お前なぁ、わざわざ俺がそんなことを教える必要があるのかよ?」

た、確かにそれはそうだけど。

「相手の方は否定も肯定もしてないって話だから、まだ付き合うまでの段階には至ってないのかもしれませんね」

「……まぁ他人の恋路だ、余り詮索するものではない」

陣野君や堀田先輩さえも噂に信憑性を感じるほど、彼等は親密そうだった。その事実は僕をこれでもかと打ちのめした。

どうして噂になるのが下級生となんだ!? 僕の方が一緒にいる時間は長いし、仲も良いし、修ちゃんの本物の恋人なのに!

「何で噂になるのが僕じゃなくて、あの下級生なんだろう……?」

「万が一にも浮気を疑っているのかと思えば、お前の不満はそっちかよ」

「だ、だって納得いかないよ!」

「そうか? 俺にはその理由が嫌ってほど分かるぞ?」

「えぇっ!?」

明仁は溜め息交じりに呟く。

「お前等の場合、付き合う前からデフォルトでいちゃついてたから、今更誰も疑わないんだよ」

「うぅ、理由は納得できたけど、気持ちは全然納得できないよ~……」

「嫉妬深い奴だな。噂はあくまで噂なんだ、誰があいつの恋人か、真実はお前が一番良く知ってるだろう?」

分かってるよ、明仁。

修ちゃんが僕を裏切るなんてあり得ない。僕等三人の関係を変えてでも、修ちゃんは僕を好きだと言ってくれたんだから。

愛情を疑っているわけじゃないんだよ。ただ無性に悔しいだけなんだ。好きな人の隣に立つ相手が、僕だと思われていないことが。

「こ、小日向さん! 杉下先輩の恋人って、もしかして……」

「……いつの間にそんなことに」

うっかり暴露してしまい、恥ずかしさに身体が熱くなる。明仁の方を窺うと、可笑しそうに笑うばかりだ。

「えぇとその、実はそういうことになってたんです……」

な、何か二人の顔色が悪くなっている!?

「この二人のことは俺がどうにかしとくから、お前は気にするな」

「え? うん」

具合が悪そうだから、保健室に連れて行くのかな?

明仁は僕の頭を髪の毛を掻き乱すように撫でる。

「とりあえず修一郎の所へ行ってみろ。あいつが噂を知っているかは分からないが、どちらにしろお前がガッカリするようなことにはならねぇよ」

「……」

迷う僕に明仁は肩を竦める。

「自分の恋人をもう少し信用してやれ」

「してるもん」

「だったらさっさと行ってこい。そもそもお前のお守りは俺じゃなくてあいつの役目なんだしな」

「お守りって同い年なのに~……でもまぁいいや、行ってくるね!」

明仁の言葉に背中を押され、僕は図書室に向かった。

『相手の方は否定も肯定もしてないって話だから、まだ付き合うまでの段階には至ってないのかもしれませんね』

陣野君の話を鵜呑みにすれば、僕の心配通りあの下級生は修ちゃん狙いだ。しかも噂に対して否定も肯定もしないってどういうことだ? 脈有りと思っている?

……興味のない相手からの好意にはとことん鈍い修ちゃんの性格を知らないんだな。そう思うと少しだけ下級生に同情したくなる。

でも修ちゃんと噂になったからしてやらないけどね!

辿り着いた図書室内は、思ったより人が多い。その視線の何割かは、自習席で勉強を教える修ちゃんと下級生に向けられている。

僕からすれば、この二人が付き合っているように見える人の気持ちが分からない。修ちゃんが穏やかな表情なのはいつものことだし、僕と話す時の柔らかな雰囲気がない。

二人の姿を実際に見たら、流れる噂に僅かでも動揺した自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。

『とりあえず修一郎の所へ行ってみろ。あいつが噂を知っているかは分からないが、どちらにしろお前がガッカリするようなことにはならねぇよ』

明仁はどちらか分からないと言っていたけど、修ちゃんは当事者だし、誰かから聞かれたりしてそうだよなぁ。

だとしたら噂を否定せずに放置? 否定しても信じてもらえてないとか?

僕に気付いたのは下級生の方だった。『邪魔な奴が来た』と言わんばかりの顔をされ、理不尽な気持ちに拍車がかかる。

ゆっくりと二人の側へと近付く。

「あれ、ひなた。もう来たんだ? 明仁の所へは行かなかったの?」

「行ったけど、追い返された……のかな?」

「明仁を怒らせたの?」

「そ、そういうことじゃなくて!」

僕等の会話に下級生が割って入る。

「小日向先輩、僕等は勉強しているんです、邪魔しないでもらえますか?」

下級生の言葉なんて無視だ。

「修ちゃん、一つ質問していい?」

お願いだよ、修ちゃん。明仁の言う通り、ガッカリさせる返答はしないでね?

「そこの彼と付き合ってるって噂があるの、修ちゃん知ってる?」

「噂? 勿論知ってるよ。どうでもいいからほっといたけど……もしかしてひなた、不安になっちゃった?」

「なったって言ったら?」

室内が酷くざわめいている。下級生からの視線も痛い。けれど僕は修ちゃんの言葉を待った。

「俺が好きなのはひなただけだよ?」

「……それは知ってる」

「他の人が入り込む隙間なんてないぐらい、ひなたのことしか考えてないんだけどね」

「……明仁もそう断言してた」

修ちゃんは不安そうに尋ねてくる。

「じゃあどうしたらひなたのご機嫌は直るのかな?」

「……修ちゃん、噂だって分かってても、修ちゃんの相手が別の人なのは嫌だよ」

こんな我が儘を言ってしまうぐらい嫉妬してるなんて、自分でも信じられない。それもこれも全部修ちゃんが悪い! 修ちゃんが誰にでも優しいのがいけなんだよ!

僕の発言に驚いたように目を見開いた後、修ちゃんは笑ってくれた。

とても幸せそうに。

その笑顔は僕にだけ見せてくれる、特別な表情で。嬉しさと照れ臭さに顔が火照ってくる。

修ちゃんは席を立ち、下級生の方に向き直る。

「悪いね、俺の大事な恋人が嫉妬してしまうから、君の勉強にはもう付き合えないよ」

一瞬、室内が静まり返る。

何の迷いもなく言い切る修ちゃんの姿は格好良くて。ただうっとりと見惚れていた僕は、考えもしていなかった。

衆人環視の恋人発言がもたらす影響を。

次の日。見せ物パンダ状態なことに、羞恥心をひたすら刺激されている僕の横では、修ちゃんが頻りに不思議がっていた。

「どうしてひなたと噂にならないで、勉強を教えただけの彼と噂になったのかな? 納得がいかないよ」

それを聞いた明仁は額を抑え呻いた。

「お前もそこが不満なのか……!」

記載日2005年10月29日
新カウンター170000キリ番リクエスト。リクエスト内容は「修一郎×ひなたで甘々」。
裏テーマは「ひなた以外のことに関しては、(自らのことを含め)本当にどうでもいいらしい修一郎」です。
「噂の二人」は170000を踏んで下さった、カイリさんに捧げます。



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